紀伊半島の環境保と地域持続性ネットワーク 紀伊・環境保全&持続性研究所
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  本の紹介

 島村菜津: スローシティ 
       世界の均質化と闘うイタリアの小さな町

           2013年発刊 光文社新書 285頁

(本の構成)
  はしがきに代えて
  1章  人が生きていく上で必要なもの、それは人間サイズの町だ
  2章  スピード社会の象徴、車対策からスローダウンした断崖の町
  3章  名産の生ハムと同じくらい貴重な町の財産とは?
  4章  空き家をなくして山村を過疎から救え!
  5章  ありえない都市計画法で大型ショッピングセンターを撃退した町
  6章  絶景の避暑地に生気をもたらすものづくりの心
  7章  モーダの王者がファミリービジネスの存続を託す大農園
  8章  町は歩いて楽しめてなんぼである
  9章  農村の哲学者ジーノ・ジロロモーニの遺言
  あとがき


書評)
 著者は、東京芸術大学美術学部を卒業後、イタリア各地に滞在しながら雑誌に寄稿しているノンフィクション女流作家であり、「スローフードな人生!」、「スローフードな日本!」、「スローな未来へ」など、スローライフを扱った本を著している。イタリアの農村の美しい景観、文化などに強く惹かれ、その感動を人に伝えたいという思いは、持ち前の美的感覚も関係しているのかもしれない。

 本書は、グローバル化の下で、どこの町に行ってもよく知られた大きなスーパーマーケット、コンビニエンスストア、ファーストフードなど均質化した店があり、地域独特の景観や文化が失われているという問題意識の下に、アグリツーリズモで有名なイタリアの個性的な小さな町を訪ね、その魅力を、景観、地元の料理、人々の暮らしぶりなどを通して、読者に紹介している。読者は、本書を読みながら、著者と同じように、イタリアの「スローシティ」(人口5万人以下の小さな町連合)や「イタリアの美しい村連合」(人口1万5千人以下の村連合)に加盟してその魅力を磨いているいろいろな町や村へ行って、景観、風情、人情、文化に触れながら、地元の食材を使った伝統的な料理に舌鼓を打つという個性的な旅をその具体的な記述によって追体験できる。

 スローシティーという概念は、スローフード協会の国際大会に参加したイタリアのトスカーナ州グレーヴェ・イン・キアンティの町長パオロが、「スローフードの哲学を、ワインや食文化だけでなく、生活の質を守ることや町づくりにダイナミックにつなげていけないものだろうか」と思いついたのが始まりのようである。パオロの言葉を少々長くなるが本書から引用すると、「生きている上で必要なものは何か。仕事や家や車やテレビ、バカンスを手に入れたからといって、人はそれだけでは決して生きていけない。魚にとって水が必要なように、人が生きていく上で根源的なもの、それは環境であり、人間サイズの、ほどよい大きさの町だ。そこに文化的なものが息づいていることだ。工業化された食が溢れ、コピー文化が氾濫するグローバル社会の中で、いかにオリジナルな文化が生き残っていけるか、それが僕らの課題なんだ。そのために必要なのは、交流の場だ。スローシティーとは、決して町の構造や建築だけの問題じゃない。むしろ町を活かすために大切なのは、目にみえないものの価値だ。たとえば、人と人との交流、会話、農家の知恵、職人の技、食文化、信仰・・・そういった目に見えないものすべてだ。それが僕らの生活の質を変え、満ち足りた時間を保証してくれるんだ」。1998年にパオロは、近隣8自治体に声をかけて「キアンティ宣言」を発表した。この宣言では、景観保護について共通の条例を作り、バールやホテルのサービスの向上と情報発信、地元の素材を活かした地産地消の店の推進、古い家の修復とアグリツーリズモへの助成などが謳われている。このような実践を通して、キアンティ町を巡るアグリツーリズモのブランド化に成功している。

 本書で紹介されているイタリア中南部の中山間地域の町、辺鄙な海辺の町などに位置するスローシィティーや、イタリアの美しい村連合に所属する村は、かつて、イタリアにおける経済成長期には、日本の中山間地域と同様に、若者の流出、人口減少、過疎化、産業の衰退、住民の自信喪失といった状況に陥っていた。高齢化、過疎化の進行に歯止めのかからないわが国の多くの中山間地域の再生に、イタリアにおける地域活性化の経験は大いに参考となると思われる。

  しかし、スローシティーの運動、美しい村連合の運動を通じての地域の再生は、初めからスムーズに運んだわけではない。まずは、歴史遺産等が殆どない地域、丘の斜面にある昔からのブドウ畑やオリーブの畑、緑豊かな自然、古い農家の佇まいなど、そこに住み慣れた人たちにとっては当たり前の「さびれた田舎、スローなイタリアの農村」が、実は、都会人や外国人から見て魅力を感じるものだということを知り、自分たちの地域を再発見することから始まった。「グローバル化」、「便利さ」、「車社会」などの経済的圧力、価値観と文化が押し寄せる現代社会にあって、景観を護り、昔の形を残し、個人経営を残し、スーパーの進出を阻止することなどによって、「伝統的文化」を守っていくことは容易でないと読者も想像できるだろう。

 スローシティー作り、美しい村を作るには、首長のリーダーシップと地元住民の理解と活動が必要なことは言うまでもないが、イタリアにおいて、これら地域の魅力を発見した都会人や外国人の新たな感覚、彼らの空き屋を利用して農家民宿へ改造するための投資、更には移住して農家民宿経営に参入するといったことも大きな力となったようだ。その結果、外からの観光客が増えて、町にお金が落ちるようになり、個人商店も少しずつ増え、いつの間にか半減していた町の人口が元にもどっていた。

  やはり、地元住民がその地域の良さに気づいて、郷土愛を持ち、自分が愛着を持って楽しく暮らせるような町にしていくことが大切だ。日本では地元の良さを見直そうという「地元学」が提唱され、実践されているが、地元の人が集い、交流しながら地元の良さ、地元の地域資源・観光資源を見直し、復活させ、創造していくことが必要だ。

 日本でもイタリアのまねをすれば成功するかと言えば、難しい面もある。例えば、条例による景観や環境の保全が史跡などの無いところではなかなか困難なこと、大型スーパーマーケット等を排除して地元個人経営を保護するようなことは現行法制度の下では困難であり、便利さよりももっと大事にすべきものがあるのだということについて、多くの住民が価値観を共有することは、既存の法制度や生活習慣、価値観などの違いがある中で、かなり高いハードルであると思われる。しかし、本書は、現実に、村や町の人口を回復させ、活気ある故郷を再生させたという実績を有するイタリアでの経験を紹介しているので、地域再生に関係する方には是非を読んでいただきたい一冊だと思う。

 なお、以前に、本ホームページで石田正昭著「農村版コミュニティ・ビジネスのすすめ」を紹介したが、その中で、イタリアのアグリツーリズモについても書かれていた。これを読んだ後で、本書を読むと、アグリツーリズモの理念や、具体的な内容、その成立に関わる詳細な話を知ることが出来、興味深さが一層増す。

(2013年9月7日/M.M.記)


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